著者:

日本シノプシス合同会社

アプリケーション エンジニアリング シニア マネージャー

大竹 基之

公開日:2023年6月28日

はじめに

今回からカメラレンズの設計テクニックを紹介するブログコンテンツ『レンズ設計と最適化技術』を始めたいと思います。

初めに僕自身の自己紹介をさせて頂きます。学生時代は上智大学理工学部物理学科に在籍し、石川和枝先生と龍岡静夫先生の下で幾何光学を中心に学びました。そして、1990年から2021年までカメラレンズを中心に光学設計を行ってきました。CODE Vとの出会いは1991年のことで、それ以降のすべての光学設計はCODE Vで進めてきました。その中で得られた収差補正の考え方や設計を進める上での技術をこのブログ連載を通して書かせて頂きたいと思います。

おそらく多くの方が思い通りに進まないという壁を打ち破ることに苦戦されていると思いますので、このブログを通して、そうした壁を乗り越える方法を見つけて下さったら幸いと思っています。

ですが、中にはこれから光学設計を始めるという方もいらっしゃるかもしれませんので、第1回目となる今回は収差が発生する理由について書いていきたいと思います。強い曲率を持った屈折面ほど収差が大きくなることは皆さんご存知の通りです。しかし、曲率の強さと収差との関係性はあまり知られていないかもしれません。今回は単レンズの収差に注目して書いていきたいと思います。

1.収差

収差は屈折によって起こります。屈折作用はスネルの法則 n・sinθ = n'・sinθ'に従っています。ここで、θは入射角、θ'は屈折角、nは入射側媒質の屈折率、n'は屈折側媒質の屈折率となります。この時、sinθ≈θとsinθ'≈θ'で近似できる場合は近軸領域と呼ばれます。そして、この場合は収差が発生しません。この領域は光軸から近い、非常に狭い領域に限られます。ですから、一般的には収差が発生します。そして、入射角θが大きくなるほど収差が大きくなります。光学設計の観点からは、いかに入射角θを小さくするかが収差を低減するカギになります。

そこで、収差を低減させる上でのアプローチを説明します。

例として、焦点距離100㎜、口径比F4の2つの単レンズを示します。平凸形状のレンズとして、第1面が絞り面、第2面が凸面、第3面が平面とします。そして、主波長をd線(波長:587.6nm)とします。ここで例1はガラス材料をBSC7(nd=1.51680)、例2はガラス材料をTAC6(nd=1.755)とします。表1と表2はそれぞれ例1と例2のレンズデータを示しています。ここで、焦点距離100㎜に対する第2面の曲率半径は例1が51.6798に対して、例2が75.5となります。

更に、図1は例1の断面図、図2は例1の収差図(左から球面収差、像面湾曲、歪曲収差)を示します。これに対して、図3は例2の断面図、図4は例2の収差図を示します。この2つの収差図を見て頂きますと、光軸から遠ざかる明るい光線ほど球面収差量が増えることが分かります。そして、F4での球面収差量は例1が-1.71mmに対して、例2が-0.95mmと屈折率が上がりますと、曲率半径が緩まることで球面収差が減ることが分かります。一方で、最大像高(21.63mm)までの像面湾曲量は、例1が-7.76mm(M), -3.66(S)に対して、例2が-7.56mm(M), -3.43mm(S)ですから、ほとんど変化していません。これは、絞り面(第1面)が第2面と重なっているために高さが0で、入射角θが2つの例1と例2でほぼ同じだからです。媒質の屈折率が異なるために若干の収差量の違いになっています。なお、レンズから絞りまでの距離を変えますと、像面湾曲量が変化します。

(例1) 100mm F4 (BSC7) (最大像高21.63mm)

曲率半径[mm]

面間隔[mm]

ガラス

物体面

無限遠

(air)

絞り面

0

(air)

2

51.6798

10

BSC7_HOYA

3

93.4071

(air)

像面

0

(air)

表1:例1のレンズデータ

Lens configurations

図1:例1のレンズ断面図

Lateral aberration curves

図2:例1の縦収差図

(例2) 100mm F4(TAC6) (最大像高21.63mm)

曲率半径[mm]

面間隔[mm]

ガラス

物体面

無限遠

(air)

絞り面

0

(air)

2

75.5

10

TAC6_HOYA

3

94.302

(air)

像面

0

(air)

表2:例2のレンズデータ

Lens configurations fig3

図3:例2のレンズ断面図

Lateral aberration curves fig4

 図4:例2の縦収差図

2. ベンディング

ベンディングとは焦点距離を保ったまま、形状を変えることです。ここでは例2で第3面の曲率半径を平面から凸面や凹面に変えていった時の第2面の曲率半径とその時の球面収差量を表3に整理してみました。この表3から分かりますように、平面から若干の凹面にした時に球面収差量がもっともゼロに近づいて、凸面に強まったり、あるいは凹面が強まりますと、負の球面収差が増大することが分かります。

第2面の曲率半径R2

第3面の曲率半径R3

球面収差量

44.87065

100

-2.13605

58.98555

250

-1.11339

66.15950

500

-0.97705

75.50000

Inf.

-0.95433

88.16300

-500

-1.05281

106.30480

-250

-1.28067

294.90600

-100

-2.83328

表3:例2の曲率半径R2とR3を変更した時の球面収差量の変化

今回は絞りが第2面と同じ位置に置かれているために、ベンディング形状を変えた際に像面湾曲はほとんど変化しません。ですが、例えば、絞りと第2面との距離が離れた状態ですと、球面収差と像面湾曲の変化に違いが生まれます。特に、絞り面の物体側にレンズが置かれる場合と像面側に置かれる場合では、傾向に違いが生じます。

3. 軸上色収差

屈折率が上がると発生する負の球面収差は減る傾向となります。ですが、屈折率が高くなりますと、アッベ数が小さくなるため、軸上色収差が増大する傾向です。これは図5に示しますガラスマップの通りです。ここで、先に挙げました例1と例2の収差図に色収差を加えて描いたものが図6と図7です。

なお、ガラスマップの説明は今回の最後に付けますので、そちらをご覧ください。

Glass map fig5

図5:ガラスマップ (縦軸:屈折率、横軸:アッベ数)

Chromatic Aberrations of Example1

図6:例1の色収差図 

Chromatic Aberrations of Example2

図7:例2の色収差図

4. 今回のまとめ

  • 収差は屈折率に関係します。
  • 球面収差はベンディングによって変化します。
  • 軸上色収差は、高屈折率ガラスほどアッベ数が小さくなるため、増加する傾向があります。

付録:光学ガラスについて

ガラスマップは一般的に縦軸に屈折率、横軸にアッベ数で示されます。そして、どの会社のガラスマップも必ず縦線や横線、そして斜め線で区分けしています。この区分けは様々な意味がありますので、少し紹介させてください。

光学ガラスは様々な材料が混ぜ合わされています

ガラスは透明ですが、実際は様々な材料が混ぜ合わされています。二酸化ケイ素が主成分ですが、二酸化ケイ素だけの場合、融点が1600度以上と高く、耐熱性が高い設備が必要となります。このため、他の成分を加えることで融点を下げる取組みが行われて来ました。その中で、加える材料によって、ガラスの組成が大きく2つに分けられました。1つは、クラウンガラスと呼ばれる低分散ガラス(アッベ数が大きい)です。もう1つは、フリントガラスと呼ばれる高分散ガラス(アッベ数が小さい)です。
クラウンガラスはホウケイ酸ガラスとソーダ石灰ガラスを軸に発展し、フリントガラスはクラウンガラスに酸化鉛を加える形で発展しました。この時、ソーダ石灰ガラスはドイツ語で"Kalknatronglas"となるため(ソーダ石灰)クラウンK、ホウケイ酸ガラスはドイツ語のホウ素"Bor"を含むクラウンということでホウケイ酸クラウンBKと呼ばれることになりました。また、クラウンガラスは酸化鉛を加える量に応じて、クラウンフリントKF(Kron Flint)、軽々フリントLLF(Leicht Leicht Flint)、軽フリントLF(Leicht Flint)、フリントF(Flint)が作られました。これらの区分はアッベ数によるものになっています。
図8は旧ガラスの範囲を示しています。現在のガラスと比べて、屈折率もアッベ数も非常に限られていたことが分かります。

このように様々な材料を加えることは単結晶の材料と異なる特性を生み出しています。それはガラスを構成する材料が有する固有振動数を持っているため、混ぜる種類が増えますと固有振動数も増えるため、紫外線領域で特定波長の光を吸収します。つまり、紫外線が透過しなくなります。特に光が強まりますと、ガラス材料が壊れてしまうことにつながります。

 Glass map (old glass)

 図8:ガラスマップ (旧ガラス)

光学ガラスの発展が光学設計の自由度を増してきました

旧ガラスに対して、より高い屈折率の材料、あるいは分散がより低い、より高い材料を目指して、様々な材料が組み合わされてきました。

フリントガラスで酸化鉛をより多くすることで、アッベ数が小さくなり、分散が大きくなる重フリントSF(Schwer Flint)が生まれました。これとは逆に、アッベ数を大きくして、分散を小さくする取組みとして、フッ素系材料を加えましたフッ化クラウンFK(Fluorid Kron)やリン酸塩を加えましたリン酸塩ガラスPK(Phosphat Kron)やリン酸塩重ガラスPK(Phosphat Schwer Kron)が知られています。

屈折率を高める動きとしましては、酸化バリウム(BaO)を加えることで屈折率を高めたバリウムクラウンBAK(Barium Kron)、バリウム軽クラウンBALF(Barium Leicht Flint)、バリウムフリントBAF(Barium Flint)、バリウム重フリントBASF(Barium Schwer Flint)、重クラウンSK(Schwer Kron)、重々クラウンSSK(Schwer Schwer Kron)が知られています。更に、酸化ランタン(La2O3)を加えたランタンクラウン(LAK)、ランタンフリント(LAF)、ランタン重フリント(LASF)はより屈折率が高くなっています。

こうした新しい光学ガラスは光学設計の自由度を高めてきました。例えば、低分散や高分散のガラスは色収差が補正しやすいです。このためより長い焦点距離のレンズを生み出しました。また、高い屈折率のガラスは広角レンズを生み出しました。そして、両方を組合わせることで、大口径比レンズを生み出しました。

こうした背景は各名称毎での特性につながるため、時に注意すべきガラスもあります。

例えば、重フリントSFは、酸化鉛の影響で近紫外領域での透過率が低下して、黄色いガラスになっています。写真レンズや顕微鏡等として使う場合には青の透過率低下するために、色再現性が課題になることもあります。また、ソーダ石灰ガラスは炭酸ナトリウムと炭酸カルシウムを含んでいます。炭酸ナトリウムを含む場合、化学的耐久性、特に耐水性の低下を引き起こしました。これはガラスを濡らしたままにすると表面が侵食されて水滴の跡が白く残る(白ヤケ)を起こしました。現在は重クラウンSKやランランクラウンLAKの一部ガラスで耐水性が悪いケースがあります理由はここにあります。

今は名前が残るだけかもしれません

1990年代は鉛を含む場合に環境へ与える影響が懸念され、酸化鉛の使用が規制されました。このため、各社ガラスメーカーでは代替え材料への移行が進みました。また、より高い屈折率材料を作るために、ランタンに加えてタンタルが使われています。更に、ランタンやタンタルの価格高騰により、他の材料を加えているケースも増えています。ですから、現在はガラス名称は名前だけで、ガラスの特性とは関係ないケースが増えています。

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