著者:日本シノプシス合同会社 

 アプリケーション エンジニアリング シニア マネージャー

 大竹 基之

公開日:2023年8月31日

はじめに

前回から始めましたブログコンテンツ『レンズ設計と最適化技術』ですが、具体的な設計テクニックの前に、単レンズ、ダブレット、トリプレットレンズで何が補正できるかを簡単に紹介しております。

第1回目は、単レンズでの収差補正について書かせて頂きました。皆さん、単レンズだけで設計することが難しいことはご存知のことと思いますが、実際にどんな性能か?簡単に試せますので、ぜひご確認いただけたらと思います。

そして、単レンズだけで光学設計を進める場合でも、仕様によっては答えが見つかる時があります。1980年代後半から90年代に発売されたレンズ付きフィルムのレンズは非球面を持つ単レンズだけで構成されています。非球面レンズを用いることで球面収差やコマ収差を補正できます。一方で単レンズでは補正が難しい像面湾曲は湾曲の形状に合わせてフィルム形状を湾曲させて補正しています。そして、F値が暗いために色収差が目立ちません。そのためにこの製品では単レンズで構成できました。

一般的に対物レンズでは色消しは大切な要素ですから、色収差の補正は必須です。そのため、今回紹介しますダブレットレンズが多く使われます。

ダブレットレンズは正レンズと負レンズで構成されます。正レンズG1は低屈折率で高アッベ数。そして、負のレンズG2は、高屈折率で低アッベ数です。これらのレンズは接合されています。G1とG2のアッベ数の差が、色収差と球面収差を補正するカギとなります。 

当初、ダブレットレンズを使う目的は色消しだけでなく、実は他の2つの目的があり、反射率の低減と製造性の向上でした。

昭和20年代までは真空蒸着機が少なく、真空度も低かったので、強い反射防止膜を製造することができませんでした。コートがないレンズ面は反射率が約5%ありますから、レンズ枚数を増やすと透過率が低下するとともに、フレアーによって画質が低下してしまいました。ですから隣り合う2枚のレンズを接着することは接着剤に用いたバルサム(木の樹皮から抽出される松脂)の屈折率が1.5程度と高かったので、反射率を低減する役割も持っていました。

また、隣り合う2枚の正レンズと負レンズとは発生する収差が逆向きとなりますから、両方の屈折力を強くすることで収差を補正していました。このため、製造時に偏心による性能低下が大きくなりやすかったのですが、接合にすることで透過偏心を抑えることができるため、製造性も向上しました。

カメラレンズの光学設計では、一般に5波長(CdeFg線)が使用されます。アッベ数νdは、C線、d線、F線で計算され、νd=(nd-1) / (nF-nC)で表されます。nd、nF、nCはd線、F線、C線の屈折率になります。波長収差と色収差の詳細については、本記事最後に記載の付録からご覧いただけます。

g線は波長が435.8nmであり、アッベ数で使われるF線の屈折率486.13nmより短いため、アッベ数でカバーされません。このため、ガラスを変数として、最適化機能で色収差を補正する場合、変数に対して部分分散比を設定することをお勧めします。
この部分分散比Pdgはg線の屈折率ngを基準とし、PgF=(ng-nF) / (nF-nC)で表されます。図2において、対角線は境界線であり、上層部のガラス材料は、正レンズとして使用する場合、色収差を抑制するのに適しています。一方、下層部は、負レンズとして使用した場合に、色収差を抑制するのに適しています。

Affordable difference in Abbe number

図1: ガラスマップ (アッベ数とd線に対する屈折率)

Partial dispersion map

図2: 部分分散比マップ (アッベ数に対する部分分散比)

ここでガラスを選ぶ上で、部分分散比がどのように見れば良いか?について触れたいと思います。

まず、左下から右上に延びる直線は標準ラインと呼ばれます。d-C-Fの3波長に加えて、g線での色収差を抑える際、この標準ラインより上は凸レンズ向き、下は凹レンズ向きと呼ばれます。本来はクラウンガラスが凸レンズ向き、フリントガラスが凹レンズ向きであるべきですが、実際は重フリントSFが凸レンズ向きです。また、ランタンクラウンLAKが凹レンズ向きですし、バリウムフリントBAFやバリウム重フリントBASFは標準ライン上になっています。ランタンクラウンLAKはアッベ数が大きいため凸レンズに使いたいのですが、g線の色収差を補正するには不向きということです。ですから、球面収差と色収差との優先順位を見ながらガラスを選ぶことが大切です。

ここからは第1回と同じように100㎜F4という仕様のレンズを最適化した例を使って紹介していきます。

接合レンズの例1:アッベ数に充分な差がある場合(EC3_HOYA + EFD4_HOYA)

例1は球面収差と色収差のバランスをとるために、アッベ数が離れたガラスを選択した例です。今回はこれらのガラスを選択した理由は、屈折率がほぼ同じでアッベ数が異なるガラス材料が存在するためです。

面番号

曲率半径[mm]

間隔[mm]

ガラス名

絞り面

無限

0

 

2

61.96887

8

EC3_HOYA

3

-49.73898

2

EFD4_HOYA

4

-118.3512

96.3099

 

表1:レンズデータ

optical-blog-cv-fig3-2308

図3:レンズ断面図

optical-blog-cv-fig4-2308

 図4:縦収差図

接合レンズの例2:アッベ数の差が小さい場合 (ECF6_HOYA + EFD4_HOYA)

例2はガラス材料G1がEC3からECF6に替わり、G1とG2のアッベ数の差が例1よりも狭くなった例です。この場合、表1と表2を比較しますと、接合面である第3面の曲率半径がキツくなっています。その結果、第3面で高次の球面収差が発生して、図4と図6を比較して頂きますと、球面収差が湾曲するようになっています。

面番号

曲率半径[mm]

間隔[mm]

ガラス名

絞り面

無限

0

 

2

92.06216

8

ECF6_HOYA

3

-35.74645

2

EFD4_HOYA

4

-67.67343

97.0834

 

表2:レンズデータ

optical-blog-cv-fig5-2308

図5:レンズ断面図

optical-blog-cv-fig6-2308

 図6:縦収差図

接合レンズの例3:高屈折率材料を使った場合(LAC14_HOYA + TAFD25_HOYA)

例3はG1の材料をEC3からLAC14に替えたことで、d線に対する屈折率がG1は1.5168から1.6968になっています。そして、G2の材料をEFD4からTAFD25に替えたことで、d線に対する屈折率が1.7552から1.9037へと高く変化しています。一方、G1とG2に対するアッベ数の差は31.4から24.1へと狭まっています。ところが、d線に対する屈折率が高くなっていることで、曲率半径が緩くても、強い屈折力を得ることができて、曲率半径に対する選択の自由度が増えました。幸い、TAFD25_HOYAの部分分散比はEFD4よりも良好です。これは、色収差の補正が容易であることを意味しており、図4と図8を比べますとスケールが大きく違うほど、良好に球面収差と色収差を補正できています。

面番号

曲率半径[mm]

間隔[mm]

ガラス名

絞り面

無限

0

 

2

56.08621

8

LAC14_HOYA

3

-68.97364

2

TAFD25_HOYA

4

-2080.04423

93.0873

 

表3:レンズデータ

optical-blog-cv-fig7-2308

図7:レンズ断面図

optical-blog-cv-fig8-2308

 図8:縦収差図

ここまで書いてきました通り、これらのダブレットは単レンズと異なって、球面収差と軸上色収差を補正することができます。

ところが、レンズ断面図を見ても、縦収差図の像面湾曲を見ましても、負の像面湾曲が大きく発生していました。ダブレットでは像面を補正するのは困難です。

次回はトリプレットに移ります。そして、像面湾曲も補正できるようになります。

付録:視感度曲線と色収差

人間の視感度は555nmが最も高く、370nmから680nmで感度を持っています。そして、カメラレンズの設計には次の5つの波長が使われています。そして、d線が設計の主波長として使われてきました。

  • C線 (656.273nm)
  • d線 (587.562nm)
  • e線 (546.074nm)
  • F線 (486.133nm)
  • g線 (435.834nm)

MTFを計算する際には、これらの5つの波長に重み付けを行って計算しています。この時の重みはカラーフィルムの特性を考慮して作られていました。カラーフィルムの波長に対する感度曲線は下記資料の表4に示される通りです。

参考:JISB7097:2019 ISO色特性指数(ISO/CCI)による写真撮影用レンズの色特性の表し方 (kikakurui.com)

 

これに対して、現在はフィルムではなく、イメージセンサーと組合せて使うことが多いと思います。フィルムとイメージセンサーでは感度曲線が異なります。例えば、イメージセンサーのカラーフィルターは近赤外線を透過しますし、イメージセンサー自体が感度を持っています。このため、近赤外線をカットするIRカットフィルターを配置することが多いです。

光学設計では色収差を補正する際に、アッベ数(C線とF線との屈折率差を用いた数値)を活用しています。ここで、C線が視感度のもっとも長い波長680nmとの差が少ないのに対して、F線は視感度のもっとも短い波長370nmと大きく乖離しています。設計を行う際はg線を加えることで、より短い波長での色収差を確認するのが一般的です。特に、アッベ数とg線との関係性が薄いために、最適化を行う際は部分分散比(gdp)を設定することで、アッベ数とg線との関係性を高めることができます。

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